日本自閉症協会 大阪地方裁判所の判決に関する緊急声明 2012/08/082012-08-08

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         2012年8月8日 社団法人 日本自閉症協会 会長 山崎晃資

  アスペルガー症候群を有するとされる被告人に対する
  大阪地方裁判所の判決に関する緊急声明

平成24年7月30日、大阪地方裁判所において、小学校5年生から不登校となり、約
30年間、自宅に引きこもる生活を送ってきたアスペルガー症候群を有するとされ
る42歳の男性被告人が、生活用品を届けに来た実姉を刺殺した殺人事件で、検察
官の求刑16年を超える懲役20年の判決が言い渡された。

「判決要旨」によると、その量刑判断の理由は次の2点に要約される。

1) 被告人は、本件犯行をおかしながら、未だ十分な反省に至っていない。確か
に、被告人が十分に反省する態度を示すことができないことにはアスペルガー症
候群の影響があることは認められる。しかし、十分な反省がないままに被告人が
社会に復帰すれば、そのころ被告人と接点を持つ者の中で、被告人の意に沿わな
い者に対して、被告人が本件と同様の犯行に及ぶことが心配される。

2) 被告人の母や次姉が被告人との同居を明確に断り、社会内で被告人のアスペ
ルガー症候群という精神障害に対応できる受け皿が何ら用意されていないし、そ
の見込みもないという現状の下では、再犯のおそれが強く心配されるといわざる
を得ず、この点も量刑上重視せざるを得ない。被告人に対しては、許される限り
長期間刑務所に収容することで内省を深めさせる必要があり、そうすることが、
社会秩序の維持にも資する。

この判決には、アスペルガー症候群に対する無理解および偏見があり、少なくと
も5つの問題点がある。いずれも極めて重要な問題であり、アスペルガー症候群
を有する人々やその家族にとって看過しがたいものであるので、(社)日本自閉
症協会としては以下のとおり緊急声明を出す。いうまでもなく、以下の問題指摘
は「判決要旨」と新聞報道のみによるものである。

(1) 本判決は、被告人が十分に反省する態度を示すことができないことはアス
ペルガー症候群の影響があるとしながら、被告人は未だ十分な反省に至っていな
いと断じ、しかも被告人は将来的にも反省ができないかのように論じている。し
かし、アスペルガー症候群であるからといって、反省ができないというのは明確
な誤認である。確かに、アスペルガー症候群の場合、言葉の意味の取り違えや不
適切な言動(語義・語用障害)などに基づくコミュニケーションの障害があるた
め、反省のかけらもないと誤って受け取られることがある。したがって、本件の
場合、被告人がはたして本当に十分な反省に至っていないのかを正しく認定でき
ているのかは甚だ疑問である。また、アスペルガー症候群があるからといって反
省ができないという医学的根拠はない。自己の行動の意味を理解し、社会のルー
ルの意味を理解することができるような適切な支援が根気強くなされれば、十分
に反省することは可能である。

(2) 十分な反省のないまま被告人が社会に復帰すれば、そのころ被告人と接点
を持つ者の中で、被告人の意に沿わない者に対して、本件と同様の犯行に及ぶこ
とが心配されるとしている。しかし、アスペルガー症候群と犯罪との因果関係は
ないことは医学的に明確に証明されている。アスペルガー症候群があれば、まる
で、意に沿わなければすぐに犯行に至るかのような認定は、何ら根拠のない偏見
と差別に基づくものである。

(3) 「被告人の母や次姉が被告人との同居を明確に断り、社会内でアスペルガ
ー症候群という障害に対応できる受け皿が何ら用意されていないし、今後も用意
される見込みがない」とする点については誤解を生じる可能性がある。そもそも、
成人した本人と親・きようだいが一緒に住む義務はないし、「社会の受け皿」は
グループホームやケアホームなど、社会が提供すべきものであり、安易な家族責
任論に立脚している。一方、平成17年に発達障害者支援法が施行され、各都道府
県・政令指定都市に発達障害者支援センターが設置されはじめ、平成21年以降、
矯正施設などからの退所者への支援として「地域生活定着支援センター」が設置
されており、「受け皿」は徐々にではあるが整いつつある。しかし、アスペルガ
ー症候群のような高機能の発達障害のある人々への対応に特化したところは現在
のところ皆無に等しいし、専門性があるといわれる発達障害者支援センターにし
ても、そうしたケースに常時関わっていけるような人的・物的資源を持ち合わせ
ているところはなく、その意味では「受け皿がない」という指摘は、現時点にお
いて正鵠を射ているとも言える。上記の種々のセンターの充実と真の意味での専
門家の養成は急を要するものである。

(4) アスペルガー症候群の人々は社会で暮らしていく上でさまざまな「生活の
困難さ」や「暮らし難さ」を持っており、事件にはなっていないが、その瀬戸際
にある事例を少なからず経験している。そもそも、本被告人の場合、社会の支援
が十分に行われていなかったからこそ、不登校となってから約30年間も引きこも
り状態となり、25、26歳の頃、漠然と自殺を考え、34歳の頃にインターネットで
自殺の方法を調ペようとしたが、その間に被害的な思いが強まってきたものと考
えられる。その意味では、不登校を放置して教育を放棄した教育行政の責任が問
われるし、暴力を受けた母が施設入所した時点で、家庭内の問題を社会的に認知
することができたはずである。このような問題を、被告人にすべて転嫁して厳罰
に処する理由とすることは許されるべきではない。

(5) このようなアスペルガー症候群に対する誤った認識を基に、本判決は、許
される限り長期間刑務所に収容することで内省を深めさせる必要があり、そうす
ることが、社会秩序の維持に資するとして、検察官の求刑よりも重く、かつ、怯
定刑の上限を被告人に課して、厳罰に処している。これは、けスペルガー症候群
を有する人々を社会から隔離することで、社会秩序を維持すペきである」と言っ
ていることと同義であり、アスペルガー症候群の人々を社会から排斥しようとす
るものであり、到底受け入れることはできない。まさに障害を理由とする差別的
な判決と言わざるをえない。さらにいえば、アスペルガー症候群の人々は枠組み
が明確な刑務所に入所すると安定した状態になることはよく知られている。刑務
所内で、どのようなスタッフによって、どのようなプログラムが組まれるのかが
重要な問題である。

アスペルガー症候群に限らず、自閉症圏内の人々とその家族は、これまでもいわ
れのない偏見や差別に苦しめられてきた。本件事件の遠因にそういった社会の無
理解があったのではないかということは容易に推察できる。当協会は、本件判決
により、かかる偏見や差別がさらに助長されるのではないかと強く危倶してやま
ない。アスペルガー症候群を有する人々やその家族が障害を隠して暮らさなけれ
ばいけない事態はけっしてあってはならない。平成19年に国連で「世界自閉症啓
発デー」が制定された理由は、まさにこの点にあった。

アスペルガー症候群および自閉症圏の人々とその家族が地域で排斥されることな
く暮らせるよう、司怯関係者はもちろんのこと広<すペての国民が、アスペルガ
ー症候群をふ<む自閉症スペクトラム障害についての正しい理解を深めることが
可能となる仕組みが早急に構築されること、およびそれにより偏見や差別のない
社会となることを強く要望する。

以上

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