「DAISY/EPUBで実現するアクセシブルなデジタル教科書」 第2回 報告2016-01-29

「DAISY/EPUBで実現するアクセシブルなデジタル教科書」(第2回)

2015年12月12日(土)13時から17時まで、ウェスタ川越(埼玉県川越市)におい
て、日本デジタル教科書学会主催により表記研究会が開催され、45名の参加者が
ありました。これは同年1月に開催された同趣旨の研究会に引き続き、第2回目と
いうことになります。

冒頭に本研究会の企画者であり、本学会役員の井上より開催趣旨説明がありまし
た。文科省「デジタル教科書の位置付けに関する検討会議」での検討経過の概要
や今後の見通しなど、そして来年4月施行の「障害者差別解消法」による、「合
理的配慮」提供の制度化との関係などについても説明がされました。

最初の登壇者である河村宏氏(日本DAISYコンソーシアム)からは、文科省の検
討会議における「デジタル版教科書」をめぐる最近の議論に関して、DAISY/EPUB
の最新動向とからめて、次のような説明と見解が示されました。

「学習者用デジタル教科書のうち教科書として位置付けることが適当である」と
して、新たに検討される「デジタル版教科書」は、「紙の検定教科書のコンテン
ツをデジタル化したもの」という前提ですすめられることになるだろう。オープ
ンスタンダートであるEPUBが、電子書籍や「デジタル版教科書」の標準フォーマ
ットとして採用されることについては、すでに大方の同意が得られたと考える。
EPUBのアクセシビリティ仕様がDAISYによって担保されているという事実や、す
でに3,000名に達したマルチメディアDAISY教科書のユーザ数などからみても、正
式にEPUBに準拠することでアクセシビリティが確保された「デジタル版教科書」
の実現に向け、まさに「機が熟した」といえるだろう。今後は各教科書出版社が、
一定のベースラインでアクセシビリティ確保をしたうえで製作をし、さらにボラ
ンティア製作団体などが各ユーザへの細かな個別対応をするといったすすめ方が
望ましいと考える。

今回の参加者の約半数程度の方たちが、マルチメディアDAISY教科書の実物を見
たことがないとのことで、途中デモンストレーションを挟みながらの説明でした。
W3Cの規格でもあり「肉声とテキストハイライトとの同期」という、DAISYの特長
である機能実現のため開発された、SMIL(Synchronized Multimedia Integration
Language)についての解説と、最新情報として現在改訂作業中の最新バージョ
ンであるEPUB3.1の目玉ともいえる、"Multiple-Rendition"の実装で実現される
機能の概要や、来年10月に予定される改訂作業の見通しなどについても説明がさ
れました。

二番目の登壇者である近藤武夫氏(東京大学先端科学技術研究センター)からは、
近藤氏自身も委員として参加している文科省の検討会議での議論の概要について、
次のような説明と、「個人的なもの」との前置きで見解が示されました。

文科省の検討会議でカバーされる範囲は相当に広く、多岐にわたっている。デジ
タル教科書の効果・影響の観点から、アクセシビリティに関しても議論はされて
おり、基本的には障害のある児童生徒の学習のための必要性は確認されている。
私自身は法律や制度上の位置づけがもっとも重要と認識しており、アクセシビリ
ティの課題のすべてを、「デジタル版教科書」で解決させるということではなく、
現行の教科書バリアフリー法での考え方をさらに発展拡大させる取り組みも大切
だと考える。検討会議では「無償給与」や「著作権法」などとの関係での位置づ
けなど、まだ議論が深められていない重要な論点も多い。

さらに、「合理的配慮」の課題と関係して、近藤氏が継続して取り組まれている
「DO-IT Japan プロジェクト」での、障害のある児童生徒に向けたテクノロジー
を活用して、通常の教育カリキュラムへ参加させる移行支援プログラムの概要に
ついても紹介がありました。

三番目の登壇者である工藤智行氏(サイパック)からは、DAISY教科書・図書の
定番リーダーともいえる「ボイス オブ デイジー」(iOS/Android版)の最新バ
ージョンの機能説明が行われ、日本語の縦書き表記などに関わる課題と解決方策
についても概説がされました。完全な日本語対応のための抜本的な解決手段とし
ては、今後EPUB3で対応していくことが現実的との指摘があり、現状の紙教科書
に特有な表現や紙面構成などについて、実際に紙教科書コンテンツをデジタル化
する際の「ルビ振り」などの問題点の指摘と、その解決策についても提案がされ
ました。なお「ボイス オブ デイジー」での本格的なEPUB3及びメディアオーバ
レイ対応は、来春を予定しているとのことで、現在開発中のデモ版を使用した実
演による紹介もされました。

四番目の登壇者である西澤達夫氏(シナノケンシ)からは、文科省の「学習上の
支援機器等教材研究開発支援事業」の助成によりその開発の一部と実証研究がす
すめられている、「PLEXTALK Producer」の説明と実演がされました。これはマ
ルチメディアDAISY/EPUBの半自動製作ソフトウェアで、テキストデータの取り込
みと合成音声での読み上げと修正、画像ファイル埋め込み、漢字への自動ルビ振
り、肉声録音とテキストとの同期などの設定が可能で、EPUB3メディアオーバレ
イや従来のDAISY形式での出力をします。ボランティア製作者などの工数低減や、
学校現場などでの紙ベース教材のデジタル化による、アクセシビリティ確保への
寄与が期待できます。また、近日リリース予定のiOSで動作するEPUB3リーダーの
紹介もありました。

最後の登壇者である石橋穂隆氏(ACCESS)からは、教育分野に特化したデジタル
教科書・教材のソリューションである"Lentrance"について、実機を使用しなが
ら、次のような紹介がなされました。

"Lentrance"はEPUB3準拠のデジタル教科書・教材の製作及びビューア機能を持つ
ソリューションであり、ビューアはリフローと固定レイアウト表示のハイブリッ
ド機能を備え、文字サイズ・フォント・文字色・背景色等の変更や、音声の埋め
込みやテキスト読み上げ(TTS、SSML)にも対応しアクセシビリティ機能が強化
されている。アクセシビリティに配慮されたデジタル教科書・教材は、障害のな
い児童生徒にも使いやすいと考えている。大手教科書出版社の学習者用「デジタ
ル教科書」にも採用されている。

なお、同社はEPUBの標準化団体である、IDPFのレファレンスビューアである
"Readium"にエンジンを提供しており、今後も独自拡張とはせずに忠実にEPUB準
拠で展開予定とのことでした。

すべての登壇者の発表後、当初の予定にはありませんでしたが、野村美佐子氏
(日本障害者リハビリテーション協会・情報センター長)より、マルチメデイア
DAISY教科書の簡単な紹介と、利用者向け相談会や製作者向け講習会のご案内を
いただきました。

プログラムの最後として、質問紙による質疑応答がありました。この日の参加者
は学校教育関係、図書館関係、大学などの研究者、技術開発関係、出版関係、製
作ボランティアの方々など多方面にわたりました。残念ながら時間の関係でほぼ
質疑応答のみに終わり、討論までには深められませんでしたが、以下にその要旨
を紹介いたします。

質問 : "Lentrance"のリーダーでは分数での数式の読み上げは可能か、また可能
であるとして製作する際にはどのようにデータを作ればよいか。

回答(石橋氏) : 数式の読み上げの指定は基本的にSpeech Synthesis Markup
Language (SSML) で可能。分数式については現状では明確な読み方のルールがな
いので、コンテンツホルダ側で適宜読み方を指定することで対応可能。数式の記
述はMathMLに対応。将来的にはLaTeXへの対応も考えられる。

質問 : EPUBの点字対応、ピンディスプレイへの出力対応はどうなっているか。

回答(河村氏) : 基本的にEPUBやDAISYの仕様では点字対応しているが、プレー
ヤ側の仕様に依存する。DAISYではすでに点字対応のプレーヤを使うことで、ピ
ンディスプレイ出力が可能。ただし分数式の「読み方」と同様な課題が残る。
MathMLに対応しているのでそれで書いてあれば出力できるが、現実的には数式を
日本語方式の点字表記にする際の課題がいくつか残る。

回答(工藤氏) : EPUB3.1の点字表記の標準化に関わっている。例えばテキスト
とMathML表記とを識別し点字出力するための識別子などを定義し、仕様に加える
ことで解決の見通しはあると思う。

補足(会場より) : 日本語の文章は数式にかぎらず、そのまま自動点訳しただ
けでは使えるものになりにくい。DAISYやEPUBメディアオーバレイにおいて肉声
とテキストがシンクロできるように、読みと同期させて正しい点字データを出力
できるような仕組みはまだない。今後の課題だと思う。

質問 : 大学教育では、一般図書や論文、外国語文献など教材や読むべきものの
範囲が格段に広がる。これらのアクセシビリティ確保の取り組みの動向について、
情報があれば教えてほしい。

回答(河村氏) : 結論としてはいわゆる「発生源対策」が最終的な解決策。長
期的にはEPUBにより出版元でアクセシビリティを確保していく。すでに紙で出版
されたものについては、大学図書館などでの選書による計画的な電子化でアクセ
シビリティ確保していく。米国での"Book Share"などの先行事例にならい、日本
でも国家戦略として取り組むべき課題。さらに長期的にはマラケシュ条約による
著作権の権利制限などによって、国際的なアクセシブルな出版物の流通が促進さ
れることに期待したい。

回答(近藤氏) : 日本での高等教育機関でのアクセシビリティ促進の取り組み
としては、AHEAD Japan(全国高等教育障害学生支援協議会)が設立され、大学
の学生支援室関係者などが中心となりすすめている。学生支援室などでの書籍の
テキストデータ化の業務は大きなウェイトを占める。この協議会の事務局は近藤
が担当。来年6月に全国大会を予定しているので、関心のある方は是非ご参加を。

補足(西澤氏) : 文部科学省委託事業により開発をすすめてきた。地元の教育
委員会や学校関係者のご協力をいただき実証研究した成果物。今後も開発をすす
めていくので、ご注目いただきたい。

報告者 : 井上芳郎(埼玉県立狭山清陵高等学校)

【参考】(アクセス 2015年12月20日)
DAISY Consortium
 http://www.daisy.org/
日本DAISYコンソーシアム
 http://www.normanet.ne.jp/~jdc/
特定非営利活動法人 支援技術開発機構 (ATDO)
http://www.normanet.ne.jp/~atdo/
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会 情報センター
(ENJOY DAISY)
http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/
文部科学省 「デジタル教科書」の位置付けに関する検討会議
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/110/index.htm
DO-IT Japanプロジェクト (東京大学先端科学技術研究センター)
 http://doit-japan.org/2015/
一般社団法人 全国高等教育障害学生支援協議会 (AHEAD Japan)
 http://ahead-japan.org/
障害者のアクセス権と著作権の調和をはかるマラケシュ条約
(DAISY Consortium理事・河村宏)
 http://current.ndl.go.jp/e1455
障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)
 http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai.html
障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律
(教科書バリアフリー法) http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/kakudai/houritsu/08092210.htm
2009年著作権法改正によって図書館にできるようになったこと
(国立国会図書館・南亮一)
 http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/copyright/minami_jla1007.html
ボイス オブ デイジー (有限会社サイパック)
 http://www.cypac.co.jp/ja/
PLEXTALK (シナノケンシ株式会社)
http://www.plextalk.com/jp/
Lentrance (株式会社ACCESS)
 http://jp.access-company.com/products/dpub/lentrance/

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