第177国会 参議院行政監視委員会 議事録抜粋 京都大学 小出裕章 平成23年05月23日 ― 2011-05-23
http://ldnews2000.web.fc2.com/pdf/20110523.pdf
○参考人(小出裕章君) では、始めさせていただきます。(資料映写)
私の今日の資料はこちらに見ていただきながら話を進めたいと思いますし、皆
さんお手元に資料が既に配られていると思いますので、それを御覧いただきなが
ら聞いてください。
今日は、原子力をこれまで進めてきた行政に対して一言私は申したいことがあ
るということでここに伺っています。
まず、私自身は原子力に夢を抱いて原子核工学科というところに入った人間で
す。なぜそんなことになったかというと、原子力こそ未来のエネルギー源だと思
ったからです。無尽蔵にあると、石油や石炭は枯渇してしまうから将来は原子力
だということを信じてこの場に足を踏み入れた人間です。ただし、入ってみて調
べてみたところ、原子力というのは大変貧弱な資源だということに気が付きまし
た。
今、これからこのスライドに再生不能エネルギー資源というものの量を順番に
かいていこうと思います。
まず、一番多い資源は石炭です。大変膨大に地球上にあるということが分かっ
ています。ただし、今かいた四角は究極埋蔵量です。実際に経済的に掘れると分
かっているのは確認埋蔵量と言われているものなわけですが、この青い部分だけ
だということになっています。
では、この四角が一体どのくらいのことを意味しているかというと、右の上に
今ちいちゃな四角をかきましたが、これは世界が一年ごとに使っているエネルギ
ーの総量です。ということは、石油の現在の確認埋蔵量だけでいっても数十、数
字で書きますとこんなことになりますが、六十年、七十年はあるし、究極埋蔵量
が全て使えるとすれば八百年近くはあるというほど石炭はたくさんあるというこ
とが分かっています。その次に、天然ガスもあることが分かっている。石油もあ
る。そして、オイルシェール、タールサンドと言っている現在は余り使っていな
い資源もあるということが既に分かっているわけです。
そして、私自身は、こういう化石燃料と呼ばれているものがいずれ枯渇してし
まうから原子力だと思ったわけですが、原子力の資源であるウランは実はこれし
かないのです。石油に比べても数分の一、石炭に比べれば数十分の一しかないと
いう大変貧弱な資源であったわけです。ただ、私がこれを言うと、原子力を進め
てきた行政サイドの方々は、いや、それはちょっと違うんだと。そこに書いたの
は核分裂性のウランの資源量だけを書いたろうと。実は、自分たちが原子力で使
おうと思っているのは核分裂性のウランではなくてプルトニウムなんだと言うわ
けです。つまり、非核分裂性のウランをプルトニウムに変換して使うからエネル
ギーとして意味があることになるということを言っているわけです。
どういうことかというと、こういうことです。まず、ウランを掘ってくるとい
うことはどんな意味でも必要です。それを濃縮とか加工という作業を行って原子
力発電所で燃やすと、これが現在やっていることなわけです。しかし、これを幾
らやったところで、今聞いていただいたように原子力はエネルギー資源にならな
いのです。そこで、原子力を推進している人たちは、実はこんなことではないと
言っているわけですね。ウランはもちろん掘ってくるわけですけれども、あると
ころからプルトニウムというものにして、高速増殖炉という特殊な原子炉を造っ
てプルトニウムをどんどん増殖していくと。それを再処理とかしながら、ぐるぐ
る核燃料サイクルで回しながらエネルギー源にするんだと言ったわけですね。最
後は高レベル放射性廃物という大変厄介なごみが出てきますので、それをいつか
処分しなければいけないという仕事を描いたわけです。
ただ、プルトニウムという物質は地球上には一滴もありませんので、仕方ない
ので現在の原子力発電所から出てくるプルトニウムというのを再処理して、高速
増殖炉を中心とする核燃料サイクルに引き渡すという、こういう構想を練ったわ
けです。
しかし、この構想の一番中心は高速増殖炉にあるわけですが、この高速増殖炉
は実はできないのです。日本の高速増殖炉計画がどのように計画されて破綻して
いったかということを今からこの図に示そうと思います。
横軸は一九六〇から二〇一〇まで書いてありますが、西暦です。何をこれから
かくかというと、原子力開発利用長期計画というものができた年度を横軸にしよ
うと思います。縦軸の方は一九八〇から二〇六〇まで数字が書いてありますが、
これはそれぞれの原子力開発利用長期計画で高速増殖炉がいつ実用化できるかと
いうふうに考えたかというその見通しの年度を書きます。
原子力開発利用長期計画で一番初めに高速増殖炉に触れられたのは、第三回の
長期計画、一九六八年でした。そのときの長期計画では、高速増殖炉は一九八〇
年代の前半に実用化すると書いてあります。ところが、しばらくしましたら、そ
れは難しいということになりまして、次の原子力開発利用長期計画では、一九九
〇年前後にならないと実用化できないというふうに書き換えました。それもまた
できなくて、五年たって改定されたときには、高速増殖炉は二〇〇〇年前後に実
用化すると書き換えたわけです。ところが、これもできませんでした。次の改定
では、二〇一〇年に実用化すると書きました。これもできませんでした。次は、
二〇二〇年代に、もう実用化ではありません、技術体系を確立したいというよう
な目標に変わりました。ところが、これもできませんでした。次には、二〇三〇
年に技術体系を確立したいということになった。では、次の長期計画ではどうな
ったかというと、実は二〇〇〇年に長期計画の改定があったのですが、とうとう
このときには年度を示すこともできなくなりました。私は、仕方がないので、こ
こにバッテンを付けました。そしてまた五年後に長期計画が改定されまして、今
度は原子力政策大綱というような大仰な名前に改定されましたが、その改定では
二〇五〇年に一基目の高速増殖炉をとにかく造りたいという計画になってきたわ
けです。
皆さん、この図をどのように御覧になるでしょうか。私は、ここに一本の線を
引きました。どんどんどんどん目標が逃げていくということを分かっていただけ
ると思います。これ、横軸も縦軸も一升が十年で、この線は何を示しているかと
いうと、十年たつと目標が二十年先に逃げるということなのです。十年たって目
標が十年先に逃げたら絶対にたどり着けません。それ以上にひどくて十年たつと
二十年先に目標が逃げているわけですから、永遠にこんなものにはたどり着けな
いということを分からなければいけないと私は思います。
ところが、こういう長期計画を作ってきた原子力委員会というところ、あるい
はそれを支えてきた行政は一切責任を取らないということで今日まで来ているわ
けです。
日本は「もんじゅ」という高速増殖炉の原型炉だけでも既に一兆円以上の金を
捨ててしまいました。現在の裁判制度でいうと、一億円の詐欺をすると一年実刑
になるんだそうです。では、一兆円の詐欺をしたら何年の実刑を食らわなければ
いけないんでしょうか。一万年です。原子力委員会、原子力安全委員会、あるい
は経産省、通産省等々、行政にかかわった人の中で「もんじゅ」に責任のある人
は一体何人いるのか私はよく知りません。でも、仮に百人だとすれば、一人一人、
百年間実刑を処さなければいけないという、それほどのことをやってきて結局誰
もいまだに何の責任も取らないままいるという、そういうことになっているわけ
です。原子力の場というのは大変異常な世界だと私には思えます。
次は、今、現在進行中の福島の事故のことを一言申し上げます。
皆さんは御存じだろうと思いますけれども、原子力発電というのは大変膨大な
放射能を取り扱うという、そういう技術です。今ここに真っ白なスライドがあり
ますが、左の下の方に今私は小さい四角をかこうと思います。──かきました。
これは何かというと、広島の原爆が爆発したときに燃えたウランの量です。八百
グラムです。皆さんどなたでも手で持てるという、そのぐらいのウランが燃えて
広島の町が壊滅したわけです。
では、原子力発電、この電気も原子力発電所から来ているわけですけれども、
これをやるために一体どのくらいのウランを燃やすかというと、一つの原子力発
電所が一年動くたびに一トンのウランを燃やす、それほどのことをやっているわ
けです。つまり、それだけの核分裂生成物という放射性物質をつくり出しながら
やっているということになります。
原発は機械です。機械が時々故障を起こしたり事故を起こしたりするというの
は当たり前のことです。原発を動かしているのは人間です。人間は神ではありま
せん。時に誤りを犯す、当たり前のことなわけです。私たちがどんなに事故が起
きてほしくないと願ったところで、破局的事故の可能性は常に残ります。いつか
起きるかもしれないということになっているわけです。そこで、では原子力を推
進する人たちがどういう対策を取ったかというと、破局的事故はめったに起きな
い、そんなものを想定することはおかしいと、だから想定不適当という烙印を押
して無視してしまうということにしたわけです。
どうやって破局的事故が起きないかというと、これは中部電力のホームページ
から取ってきた説明の図ですけれども、たくさんの壁があると、放射能を外部に
漏らさないための壁があると言っているのですが、このうちで特に重要なのは、
第四の壁というところに書いてある原子炉格納容器というものです。巨大な鋼鉄
製の容器ですけれども、これがいついかなるときでも放射能を閉じ込めるという、
そういう考え方にしたわけです。
原子炉立地審査指針というものがあって、その指針に基づいて重大事故、仮想
事故という、まあかなり厳しい事故を考えていると彼らは言うわけですけれども、
そういう事故では格納容器という放射能を閉じ込める最後の防壁は絶対に壊れな
いという、そういう仮定になってしまっているのです。絶対に壊れないなら放射
能は出るはずがないということになってしまいますので、原子力発電所はいつい
かなる場合も安全だと。放射能が漏れてくるような事故を考えるのは想定不適当、
そして想定不適当事故という烙印を押して無視するということにしたわけです。
ところが、実際に破局的事故は起きて、今現在進行中です。大変な悲惨なこと
が今福島を中心に起きているということは、多分皆さんも御承知いただいている
ことだろうと思います。ただ、その現在進行中の事故にどうやって行政が向き合
ってきているかということについても、大変不適切な対応が私はたくさんあった
と思います。
防災というものの原則は、危険を大きめに評価してあらかじめ対策を取って住
民を守ると。もし危険を過大に評価していたのだとすれば、これは過大だった、
でも住民に被害を与えないでよかったと胸をなで下ろすという、それが防災の原
則だと思いますが、実は日本の政府がやってきたことは、一貫して事故を過小評
価して楽観的な見通しで行動してきました。国際事故評価尺度で当初レベル4だ
とかというようなことを言って、ずっとその評価を変えない。レベル5と言った
ことはありましたけれども、最後の最後になってレベル7だと。もう余りにも遅
い対応の仕方をする。
それから、避難区域に関しても、一番初めは三キロメートルの住民を避難指示
出す。これは万一のことを考えての指示ですと言ったのです。しかし、しばらく
したら今度十キロメートルの人たちに避難指示を出しました。そのときも、これ
は万一のことを考えての処置ですと言ったのです。ところが、それからしばらく
したら二十キロメートルの人たちに避難の指示を出す。そのときも、これは万一
のことを考えての指示ですというようなことを言いながら、どんどんどんどん後
手後手に対策がなっていったという経過をたどりました。
私は、パニックを避ける唯一の手段というのは正確な情報を常に公開するとい
う態度だろうと思います。そうして初めて行政や国が住民から信頼を受ける、そ
してパニックを回避するのだと私は思ってきたのですが、残念ながら日本の行政
はそうではありませんでした。常に情報を隠して、危機的な状況でないというこ
とを常に言いたがるということでした。SPEEDIという百億円以上のお金を
掛けて、二十五年も掛けて築き上げてきた事故時の計算コード、それすらも隠し
てしまって住民には知らせないというようなことをやったわけです。
それから、現在まだ続いていますが、誰の責任かを明確にしないまま労働者や
住民に犠牲を強制しています。福島の原発で働く労働者の被曝の限度量を引き上
げてしまったり、あるいは、住民に対して強制避難をさせるときの基準を現在の
立法府が決めた基準とは全く違ってまた引き上げてしまうというようなことをや
ろうとしている。本当にこんなことをやっていていいのだろうかと私は思います。
現在進行中の福島の原発事故の本当の被害って一体どれだけになるんだろうか
と、私は考えてしまうと途方に暮れます。失われる土地というのは、もし現在の
日本の法律を厳密に適用するなら、福島県全域と言ってもいいくらいの広大な土
地を放棄しなければならなくなると思います。それを避けようとすれば、住民の
被曝限度を引き上げるしかなくなりますけれども、そうすれば、住民たちは被曝
を強制させるということになります。
一次産業は、多分これから物すごい苦難に陥るだろうと思います。農業、漁業
を中心として商品が売れないということになるだろうと思います。そして、住民
たちはふるさとを追われて生活が崩壊していくということになるはずだと私は思
っています。
東京電力に賠償をきちっとさせるというような話もありますけれども、東京電
力が幾ら賠償したところで足りないのです。何度倒産しても多分足りないだろう
と思います。日本国が倒産しても多分あがない切れないほどの被害が私は出るの
だろうと思っています、本当に賠償するならということです。
最後になりますが、ガンジーが七つの社会的罪ということを言っていて、彼の
お墓にこれが碑文で残っているのだそうです。一番初めは、理念なき政治です。
この場にお集まりの方々は政治に携わっている方ですので、十分にこの言葉をか
みしめていただきたいと思います。そのほかたくさん、労働なき富、良心なき快
楽、人格なき知識、道徳なき商業と、これは多分、東京電力を始めとする電力会
社に私は当てはまると思います。そして、人間性なき科学と、これは私も含めた
いわゆるアカデミズムの世界がこれまで原子力に丸ごと加担してきたということ
を私はこれで問いたいと思います。最後は献身なき崇拝と、宗教をお持ちの方は
この言葉もかみしめていただきたいと思います。
終わりにします。ありがとうございました。
○参考人(小出裕章君) では、始めさせていただきます。(資料映写)
私の今日の資料はこちらに見ていただきながら話を進めたいと思いますし、皆
さんお手元に資料が既に配られていると思いますので、それを御覧いただきなが
ら聞いてください。
今日は、原子力をこれまで進めてきた行政に対して一言私は申したいことがあ
るということでここに伺っています。
まず、私自身は原子力に夢を抱いて原子核工学科というところに入った人間で
す。なぜそんなことになったかというと、原子力こそ未来のエネルギー源だと思
ったからです。無尽蔵にあると、石油や石炭は枯渇してしまうから将来は原子力
だということを信じてこの場に足を踏み入れた人間です。ただし、入ってみて調
べてみたところ、原子力というのは大変貧弱な資源だということに気が付きまし
た。
今、これからこのスライドに再生不能エネルギー資源というものの量を順番に
かいていこうと思います。
まず、一番多い資源は石炭です。大変膨大に地球上にあるということが分かっ
ています。ただし、今かいた四角は究極埋蔵量です。実際に経済的に掘れると分
かっているのは確認埋蔵量と言われているものなわけですが、この青い部分だけ
だということになっています。
では、この四角が一体どのくらいのことを意味しているかというと、右の上に
今ちいちゃな四角をかきましたが、これは世界が一年ごとに使っているエネルギ
ーの総量です。ということは、石油の現在の確認埋蔵量だけでいっても数十、数
字で書きますとこんなことになりますが、六十年、七十年はあるし、究極埋蔵量
が全て使えるとすれば八百年近くはあるというほど石炭はたくさんあるというこ
とが分かっています。その次に、天然ガスもあることが分かっている。石油もあ
る。そして、オイルシェール、タールサンドと言っている現在は余り使っていな
い資源もあるということが既に分かっているわけです。
そして、私自身は、こういう化石燃料と呼ばれているものがいずれ枯渇してし
まうから原子力だと思ったわけですが、原子力の資源であるウランは実はこれし
かないのです。石油に比べても数分の一、石炭に比べれば数十分の一しかないと
いう大変貧弱な資源であったわけです。ただ、私がこれを言うと、原子力を進め
てきた行政サイドの方々は、いや、それはちょっと違うんだと。そこに書いたの
は核分裂性のウランの資源量だけを書いたろうと。実は、自分たちが原子力で使
おうと思っているのは核分裂性のウランではなくてプルトニウムなんだと言うわ
けです。つまり、非核分裂性のウランをプルトニウムに変換して使うからエネル
ギーとして意味があることになるということを言っているわけです。
どういうことかというと、こういうことです。まず、ウランを掘ってくるとい
うことはどんな意味でも必要です。それを濃縮とか加工という作業を行って原子
力発電所で燃やすと、これが現在やっていることなわけです。しかし、これを幾
らやったところで、今聞いていただいたように原子力はエネルギー資源にならな
いのです。そこで、原子力を推進している人たちは、実はこんなことではないと
言っているわけですね。ウランはもちろん掘ってくるわけですけれども、あると
ころからプルトニウムというものにして、高速増殖炉という特殊な原子炉を造っ
てプルトニウムをどんどん増殖していくと。それを再処理とかしながら、ぐるぐ
る核燃料サイクルで回しながらエネルギー源にするんだと言ったわけですね。最
後は高レベル放射性廃物という大変厄介なごみが出てきますので、それをいつか
処分しなければいけないという仕事を描いたわけです。
ただ、プルトニウムという物質は地球上には一滴もありませんので、仕方ない
ので現在の原子力発電所から出てくるプルトニウムというのを再処理して、高速
増殖炉を中心とする核燃料サイクルに引き渡すという、こういう構想を練ったわ
けです。
しかし、この構想の一番中心は高速増殖炉にあるわけですが、この高速増殖炉
は実はできないのです。日本の高速増殖炉計画がどのように計画されて破綻して
いったかということを今からこの図に示そうと思います。
横軸は一九六〇から二〇一〇まで書いてありますが、西暦です。何をこれから
かくかというと、原子力開発利用長期計画というものができた年度を横軸にしよ
うと思います。縦軸の方は一九八〇から二〇六〇まで数字が書いてありますが、
これはそれぞれの原子力開発利用長期計画で高速増殖炉がいつ実用化できるかと
いうふうに考えたかというその見通しの年度を書きます。
原子力開発利用長期計画で一番初めに高速増殖炉に触れられたのは、第三回の
長期計画、一九六八年でした。そのときの長期計画では、高速増殖炉は一九八〇
年代の前半に実用化すると書いてあります。ところが、しばらくしましたら、そ
れは難しいということになりまして、次の原子力開発利用長期計画では、一九九
〇年前後にならないと実用化できないというふうに書き換えました。それもまた
できなくて、五年たって改定されたときには、高速増殖炉は二〇〇〇年前後に実
用化すると書き換えたわけです。ところが、これもできませんでした。次の改定
では、二〇一〇年に実用化すると書きました。これもできませんでした。次は、
二〇二〇年代に、もう実用化ではありません、技術体系を確立したいというよう
な目標に変わりました。ところが、これもできませんでした。次には、二〇三〇
年に技術体系を確立したいということになった。では、次の長期計画ではどうな
ったかというと、実は二〇〇〇年に長期計画の改定があったのですが、とうとう
このときには年度を示すこともできなくなりました。私は、仕方がないので、こ
こにバッテンを付けました。そしてまた五年後に長期計画が改定されまして、今
度は原子力政策大綱というような大仰な名前に改定されましたが、その改定では
二〇五〇年に一基目の高速増殖炉をとにかく造りたいという計画になってきたわ
けです。
皆さん、この図をどのように御覧になるでしょうか。私は、ここに一本の線を
引きました。どんどんどんどん目標が逃げていくということを分かっていただけ
ると思います。これ、横軸も縦軸も一升が十年で、この線は何を示しているかと
いうと、十年たつと目標が二十年先に逃げるということなのです。十年たって目
標が十年先に逃げたら絶対にたどり着けません。それ以上にひどくて十年たつと
二十年先に目標が逃げているわけですから、永遠にこんなものにはたどり着けな
いということを分からなければいけないと私は思います。
ところが、こういう長期計画を作ってきた原子力委員会というところ、あるい
はそれを支えてきた行政は一切責任を取らないということで今日まで来ているわ
けです。
日本は「もんじゅ」という高速増殖炉の原型炉だけでも既に一兆円以上の金を
捨ててしまいました。現在の裁判制度でいうと、一億円の詐欺をすると一年実刑
になるんだそうです。では、一兆円の詐欺をしたら何年の実刑を食らわなければ
いけないんでしょうか。一万年です。原子力委員会、原子力安全委員会、あるい
は経産省、通産省等々、行政にかかわった人の中で「もんじゅ」に責任のある人
は一体何人いるのか私はよく知りません。でも、仮に百人だとすれば、一人一人、
百年間実刑を処さなければいけないという、それほどのことをやってきて結局誰
もいまだに何の責任も取らないままいるという、そういうことになっているわけ
です。原子力の場というのは大変異常な世界だと私には思えます。
次は、今、現在進行中の福島の事故のことを一言申し上げます。
皆さんは御存じだろうと思いますけれども、原子力発電というのは大変膨大な
放射能を取り扱うという、そういう技術です。今ここに真っ白なスライドがあり
ますが、左の下の方に今私は小さい四角をかこうと思います。──かきました。
これは何かというと、広島の原爆が爆発したときに燃えたウランの量です。八百
グラムです。皆さんどなたでも手で持てるという、そのぐらいのウランが燃えて
広島の町が壊滅したわけです。
では、原子力発電、この電気も原子力発電所から来ているわけですけれども、
これをやるために一体どのくらいのウランを燃やすかというと、一つの原子力発
電所が一年動くたびに一トンのウランを燃やす、それほどのことをやっているわ
けです。つまり、それだけの核分裂生成物という放射性物質をつくり出しながら
やっているということになります。
原発は機械です。機械が時々故障を起こしたり事故を起こしたりするというの
は当たり前のことです。原発を動かしているのは人間です。人間は神ではありま
せん。時に誤りを犯す、当たり前のことなわけです。私たちがどんなに事故が起
きてほしくないと願ったところで、破局的事故の可能性は常に残ります。いつか
起きるかもしれないということになっているわけです。そこで、では原子力を推
進する人たちがどういう対策を取ったかというと、破局的事故はめったに起きな
い、そんなものを想定することはおかしいと、だから想定不適当という烙印を押
して無視してしまうということにしたわけです。
どうやって破局的事故が起きないかというと、これは中部電力のホームページ
から取ってきた説明の図ですけれども、たくさんの壁があると、放射能を外部に
漏らさないための壁があると言っているのですが、このうちで特に重要なのは、
第四の壁というところに書いてある原子炉格納容器というものです。巨大な鋼鉄
製の容器ですけれども、これがいついかなるときでも放射能を閉じ込めるという、
そういう考え方にしたわけです。
原子炉立地審査指針というものがあって、その指針に基づいて重大事故、仮想
事故という、まあかなり厳しい事故を考えていると彼らは言うわけですけれども、
そういう事故では格納容器という放射能を閉じ込める最後の防壁は絶対に壊れな
いという、そういう仮定になってしまっているのです。絶対に壊れないなら放射
能は出るはずがないということになってしまいますので、原子力発電所はいつい
かなる場合も安全だと。放射能が漏れてくるような事故を考えるのは想定不適当、
そして想定不適当事故という烙印を押して無視するということにしたわけです。
ところが、実際に破局的事故は起きて、今現在進行中です。大変な悲惨なこと
が今福島を中心に起きているということは、多分皆さんも御承知いただいている
ことだろうと思います。ただ、その現在進行中の事故にどうやって行政が向き合
ってきているかということについても、大変不適切な対応が私はたくさんあった
と思います。
防災というものの原則は、危険を大きめに評価してあらかじめ対策を取って住
民を守ると。もし危険を過大に評価していたのだとすれば、これは過大だった、
でも住民に被害を与えないでよかったと胸をなで下ろすという、それが防災の原
則だと思いますが、実は日本の政府がやってきたことは、一貫して事故を過小評
価して楽観的な見通しで行動してきました。国際事故評価尺度で当初レベル4だ
とかというようなことを言って、ずっとその評価を変えない。レベル5と言った
ことはありましたけれども、最後の最後になってレベル7だと。もう余りにも遅
い対応の仕方をする。
それから、避難区域に関しても、一番初めは三キロメートルの住民を避難指示
出す。これは万一のことを考えての指示ですと言ったのです。しかし、しばらく
したら今度十キロメートルの人たちに避難指示を出しました。そのときも、これ
は万一のことを考えての処置ですと言ったのです。ところが、それからしばらく
したら二十キロメートルの人たちに避難の指示を出す。そのときも、これは万一
のことを考えての指示ですというようなことを言いながら、どんどんどんどん後
手後手に対策がなっていったという経過をたどりました。
私は、パニックを避ける唯一の手段というのは正確な情報を常に公開するとい
う態度だろうと思います。そうして初めて行政や国が住民から信頼を受ける、そ
してパニックを回避するのだと私は思ってきたのですが、残念ながら日本の行政
はそうではありませんでした。常に情報を隠して、危機的な状況でないというこ
とを常に言いたがるということでした。SPEEDIという百億円以上のお金を
掛けて、二十五年も掛けて築き上げてきた事故時の計算コード、それすらも隠し
てしまって住民には知らせないというようなことをやったわけです。
それから、現在まだ続いていますが、誰の責任かを明確にしないまま労働者や
住民に犠牲を強制しています。福島の原発で働く労働者の被曝の限度量を引き上
げてしまったり、あるいは、住民に対して強制避難をさせるときの基準を現在の
立法府が決めた基準とは全く違ってまた引き上げてしまうというようなことをや
ろうとしている。本当にこんなことをやっていていいのだろうかと私は思います。
現在進行中の福島の原発事故の本当の被害って一体どれだけになるんだろうか
と、私は考えてしまうと途方に暮れます。失われる土地というのは、もし現在の
日本の法律を厳密に適用するなら、福島県全域と言ってもいいくらいの広大な土
地を放棄しなければならなくなると思います。それを避けようとすれば、住民の
被曝限度を引き上げるしかなくなりますけれども、そうすれば、住民たちは被曝
を強制させるということになります。
一次産業は、多分これから物すごい苦難に陥るだろうと思います。農業、漁業
を中心として商品が売れないということになるだろうと思います。そして、住民
たちはふるさとを追われて生活が崩壊していくということになるはずだと私は思
っています。
東京電力に賠償をきちっとさせるというような話もありますけれども、東京電
力が幾ら賠償したところで足りないのです。何度倒産しても多分足りないだろう
と思います。日本国が倒産しても多分あがない切れないほどの被害が私は出るの
だろうと思っています、本当に賠償するならということです。
最後になりますが、ガンジーが七つの社会的罪ということを言っていて、彼の
お墓にこれが碑文で残っているのだそうです。一番初めは、理念なき政治です。
この場にお集まりの方々は政治に携わっている方ですので、十分にこの言葉をか
みしめていただきたいと思います。そのほかたくさん、労働なき富、良心なき快
楽、人格なき知識、道徳なき商業と、これは多分、東京電力を始めとする電力会
社に私は当てはまると思います。そして、人間性なき科学と、これは私も含めた
いわゆるアカデミズムの世界がこれまで原子力に丸ごと加担してきたということ
を私はこれで問いたいと思います。最後は献身なき崇拝と、宗教をお持ちの方は
この言葉もかみしめていただきたいと思います。
終わりにします。ありがとうございました。
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。